コラム

「当たり前」という言葉、よく使っていますか?

女性の画像です

皆さんが当たり前にしている日々の行動や習慣ってありますか?

例えば、

歯磨きとか
着替えとか
お風呂とか・・・

今だとマスクって方もいるのではないでしょうか?

 

先日学校の先生とお話しする機会があり、私は「マスクのリスクが心配」だという想いを伝えました。すると「マスクをするのは当たり前ですよね」という返答が・・・

そこで「当たり前」ってなんだ?と疑問に思った訳です。あなたにとっての「当たり前」ってなんですか?

 

以前の記事でも似たような事を投稿しました。

常識とは18歳までに身につけたコレクション

 

先生が「当たり前」と使った言葉がどうしても引っかかりました。私の「当たり前」と相手の「当たり前」は違うはず。そして違っても良いはず。だけどそれを「押し付ける」のはまた違う話なのかなと・・・

 

「当たり前」という言葉の裏には「自分の考えの押し付け」が隠れているような気がするのです。日本が戦争に負けた後、なぜ戦争をしたのか?と最高責任者へ質問した時、こんな答えが返ってきたと言います。

 

「国民が望んだから」

 

え????と思われた方も、「そうだよね」って思われた方も、いるのではないでしょうか。ちなみに私はそうだよねって思うのですが、あなたはどうでしょうか?

 

どうして国民は当時、そのように思ったのでしょうか?それにはマスコミの影響力が随分と寄与したのではないかと思います。だから国民にとっては戦争するのが「当たり前」、戦争のために子供を戦地に行かせるのが「当たり前」となってしまったのです。「当たり前」という空気を作り上げてしまったので「NO」と言えなくなってしまったのではないかと思います。当時、子供の母親たちは涙を流しながら子供を戦地へ向かわせたことが安易に想像できます。

 

今の私たちからするとそんな世界であったことが恐ろしいと思いますが、同調圧力とはそういうものなのではないでしょうか・・・「おかしい」事をおかしいと言えず、おかしいとさえ思わない人が「戦場に行って当たり前」だとして自分の考えを押し付ける・・・

 

そして今、日本では戦争の時のように、マスコミが見事に「当たり前」を作りあげてしまいました。ある意味こんなにもメディアで簡単に空気が作られるなんて私自身も驚きではあります。

 

厚生労働省は新型コロナウィスルの陽性者を「陽性者」と発表しています。だけど、マスコミや自治体はなぜか「感染者」として発表しています。公式な場所が発表する時には正確な情報を市民や県民に伝えるよう努力して欲しいと思うのですが、市役所に問い合わせると「県と合わせています」という回答。県に問い合わせると「返信なし」です。

 

間違った報道をどうして指導しないのか?と厚生労働省へ聞いた方がおられました。すると「表現の自由がある」とのこと。仮に正確ではない情報をマスコミが発表しても憲法で「表現の自由」があるため指導できないのですかね・・・

 

今、世界的に「新型コロナウィルス」が存在するという仮説のもと動いています。え?仮説?という方は、まずご自身でコロナウィスルの存在が世界で誰も証明できていないという事を調べてみていただけるといいかなと思います。このブログを書いている時点で、実際に新型コロナウィスルが存在する科学的証明はまだされていません。

 

あるかもしれないし、ないかもしれない...だからこそ怖いと思われる方もいらっしゃるのではないかと思います。ただ、ちょっと冷静に、それに関わる情報を自分で取りに行ってみませか?その時、何か不自然を感じませんか?何か歩に落ちない事を感じませんか?

 

  • 死亡者のカウントの仕方は不自然ではないか?
  • そもそもPCR検査では何を見ているのか?
    (なぜ水やパパイヤなど物から陽性として反応するのか?)
  • 1年間で日本人はそもそもどのくらいの人がどんな原因でなくなっているのか?

他にも自分で手に入れられる情報はたくさんあります。

 

私の個人的な意見ですが、仮にもしみんなが思うような「ウィルス」はいなかった、もしくは「それほど死んでいなかった」と仮定すると、今やっている対策ってどう思われますか?自粛要請、子供たちの教育や人の顔を見てコミュニケーションをとることの減少、まともに酸素を吸うことも許されない空気、マスクが「当たり前」という空気の中、苦しくても外せずに不健康になっていく国民・・・

 

どちらが正しいとか、間違っているとかではなく、1人1人がどう思うのか?を自分で考えて自分で選び取る時代に入ってきたのではないでしょうか?国が言っているから、ガイドラインに書いてあるから、みんなが言っているからという固定概念や「当たり前」を一度置いて置いて、それは本当に今の状況を総合的に考えた時、リスクを考えた時、打倒ですか?もし考えたことがないのであれば、一度自分の頭で考えてみませんか?

 

今、情報が世界から受け取れる時代に入ってきています。戦争がメディアによって煽られた側面があるように、人はメディアにコントロールされる一面を持っている生き物だという事を頭の片隅においた上で、1人1人の情報リテラシーを今起きている「新型コロナウィスル事例」として、高められる時代ではないかと思います。

 

「当たり前」という言葉をよく使う事や、「当たり前」だという言葉でしか表現できない事があれば、一度その概念は違っているかもしれないと考えてみるだけでも面白いことになるかもしれませんよ。

-コラム
-

Copyright© Acha-mama blog , 2022 All Rights Reserved.